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野球の練習

 ゴールデンスターズは、やる気のみなぎる4名で活動は続けています。

 夢をあきらめないで、日々精進していきたいと思います。

 さて、今日は、4名プラス元キャプテンの3年生が1名来て合計5名で練習していました。
 相変わらず娘は一気にトーンダウンして練習にも参加はしませんが。

 本拠地である五十鈴公園球技広場が、伊勢神宮観光客用の臨時駐車場となっているので、大仏山公園野球場を借りての練習でした。

 5名で両翼95メートルの本格的野球場での練習は贅沢ですが仕方ありません。

 そこで、前々から考えていた、塁間を野球の塁間にして、内野ノック(ノックは内外野とも全員が受けます)はソフトボール革ボールを使用し、外野は野球の定位置を守らせて、野球の硬式ボールを使用して練習しました。

 塁間が広いと、通常の塁間になった場合に守備範囲が広くなるし、ソフトのダイヤモンドが「あれ」って感じになる効果があると思います。
 外野も同様で、守備範囲が広くなり、ソフトのフライが簡単に感じるのではないでしょうか?

 野球の難しさである守備範囲の広さとソフトの素早い動きがミックスされて、個々の能力が上がるような気がします。あくまでもような気がするだけですが・・・

 しばらく野球場での練習が続きますので、守備についてはこの練習を続けていきたいと思っています。

久米田遠征

 昨日の日曜日は、久米田中学校にお邪魔して、合同チームで交流試合をさせていただきました。

 土曜日は、4人だけの練習でしたので、久米田中、大東ウイナーズ、岐阜ネクサスと集まると凄く賑やかに感じました。

 4人の選手は、久しぶりの試合を身に染みて喜んでいました。

 やっぱり試合は楽しいと感じましたし、何とか単独で試合をさせてあげたいと思いました。

 でお合同の3チームの選手の思いは同じであるし、試合を重ねるごとにチームとして機能してきました。

 他のチームの選手には遠慮がちでしたが、また12月に合同で大会に参加させていただくことになりました。

 試合でしか覚えられないことをしっかりと身に着けてもらいたいと思い、采配では仕掛けてばかりでした。

 まさかこうやってゲームが出来るとは思っていなかったし、それが強豪チームとさせていただくなんて、本当にありがたいと思いました。

 和歌山ドリームマイヤーズのW監督本当にありがとうございました。

週末の予定

 5日(土)9時から12時  松阪市桂瀬川ソフトボール場 練習
 6日(日)大阪遠征 久米田中 和歌山&舞鶴と合同チームで試合
      

 久しぶりのゲームです。
 というか1,2年生はこの機会に流れの中でのプレーを覚えたいと思います。

合同練習

 昨日の日曜日は、和歌山ドリームマイヤーズさんと舞鶴マリンガールズさんがお越しいただいて合同練習を行いました。

 3チーム合わせて12名で単独チームではゲームをすることができません。

 そこで、このように試合形式の練習をするのに3チームで集まりました。

 新人戦には出場できないけど、12名の想いは同じで「絶対に上手くなるんだ」という強い気持ちがあります。

 今後も、部員勧誘を行いながら、この3チームで仲良く活動できればと思っています。

お別れの会

 昨日3年生とのお別れの会がありました。

 金曜日の夜中に急きょの徹夜の仕事が入って、布団に入って1時間弱の状態で朝を迎え仕事が終わったのはお別れ試合が開始する30分前のことでした。

 親子ソフトボール試合をしたのですが、小学生ならまだしも中学生とと思っていましたが、最高に楽しい時間を過ごせました。

 その後、食事会をしましたが、普通に食事して「頑張れよ」と声掛けして終わるのかなと思っていたら、結構というかかなり感激しました。

 3年生の9人のみんな楽しい3年間をありがとう!

 これから毎年、同窓会を行いたいと思います。

 その後、お父さんたちと午前様。初めて2次会まで行きましたが。睡魔を通り越してはしゃいでしまいました。

 保護者の皆さんもありがとうございました。

23日の予定

 23日は、五十鈴公園球技広場で練習を行ないます。

 9時から一日練習を行ないます。

 3年生も来れる人は来てください。

次のステップ

 3年生は、いよいよ次のステップの準備をしなければなりません。

 高校の選択です。

 高校は一生を左右すると思います。けっして過言ではないと思います。

 過去の野球の教え子では、愛知のイチローや工藤を輩出したあの名門高に進もうとして、高校が取ってくれなくて、違う私学に進んで、甲子園出場して現在もノンプロで活躍している選手もいます。

 中井大介は、最初に伊勢市内一番の進学校に進みたいと言ってきて、それなら和歌山の文武両道の甲子園常連校に進めばと進言して、大詰め交渉して最後にお父さんが地元でということで私の母校に決めたところ、1年生の6月にショートのレギュラーを取って、3年生ではエースで甲子園出場し佐賀北と延長15回再戦し、一躍名前が売れてドラフトにかかるまでになりました。

 運もあると思います。

 分相応の高校を選択することも必要だと思います。
 もし大介が和歌山の高校だったら3年間レギュラーになれなかったような気がします。
 
 それならプロに入ることは無かったと思います。

 また、その逆もあると思います。

 ソフトボールの場合は、選択肢が少ないので、非常に悩ましいところです。

 娘も東海NTSの1次で不合格で2次にすら進めなかったので、大介と同じように進学校かソフトの強豪校か悩んでいます。

 他の選手も同じように悩んでると思います。

 選手の一生の問題ですので、アドバイスはできても、決めるのはその家族です。
 
 一番良い選択が出来ればと思っています。

今週末の予定

 先週は14日こそ本田小百合元選手がお越しいただいて、素晴らしい時間を過ごすことが出来ましたが、翌日翌々日と台風18号が日本列島を襲撃し、本田元選手に指導いただいた復習ができませんでした。

 京都の皆さんは大丈夫だったでしょうか?

 お知り合いの方々には連絡をさせていただきましたが、無事だと連絡がありました。なによりです。

 さて、今週末の予定ですが、22日が私が職員採用試験のため、一日中仕事になりますので練習が出来ない可能性が高いです。
 
 そこで、21日23日は9時から日没まで練習したいと思います。

 すべてのポジションをこなせるように、また、打撃は大技小技ができるようにオールラウンドプレイヤーを目指して練習したいと思います。

 3年生も時間があれば練習に来てください。ポジションも白紙にして高校に向けて練習しましょう。

講習会

 W-SPACKの講習会を14日にお願いしました。
 
 今回は、木村講師のお知り合いで、なんと元織機&元日本代表の本田さんがお越しいただきました。

 小柄ながらもパンチ力があり、現役を退かれるときも多くのファンに惜しまれたという記事を目にしたことがあります。
 以前、少年野球時代の教え子で現鈴鹿国際大学の西井春奈が織機にいたときに何度か織機の試合を観に行っているので、選手たちも本田さんのことは知っていて大興奮でした。

 「今日はどういった内容で指導すればよいですか?」
 
 「その小さい体で、ライナーで柵越えを打てる秘訣を指導してください。」

 「小技は良いですか?」

 「小技は必要ありません。ブンブンと振り回せてください」

 ということで、マルッと一日打撃の指導をしていただきました。

 選手達は、NTS選考会は全滅、都道府県選抜選考会でも落選しており、自らのレベルの無さを痛感して自虐的になっていましたが、本田さんに「すごいスイングだよ。きっと選考会では紙一重なのかレベルが高すぎたんだよ」と慰めていただき、俄然やる気が復活していました。

 やっぱり、こうやって刺激を与えることで、選手の気持ちが変わるんだなあと痛感しました。

 この模様は本田さんのブログにも掲載していただいていました。

 
 <本田小百合さんのブログ

 昨年の日本一?だれが言ったのか?クラブチーム選手権の日本一のことか?

明日から復帰へ

 久しぶりの大介ネタです。

 巨人の中井大介が明日からファームでの試合に出場できるまでになりました。

 後ろ十字靭帯の損傷ですから直接筋肉には影響無いようですが、まだまだ若いのでこの先影響が出ないことを祈っています。

 さて、大介の小学生時代の話に戻りますが、お父さんが小学3年生の大介の初試合初先発投手の試合を観て感銘を受けてもらって、それから星一徹ならぬ英才教育が始まりました。

 私にとにかく何をしてもらっても良いからプロ野球選手にして欲しいと訴えてきました。

 当然プロ野球選手なんてなれるとも思っていないし、誰でも夢見てその夢が学年が上がることによって現実を知ることになるのです。
 しかし、大介父は真剣そのものでした。

 とりあえず、私はネットが無い時代でしたから、本屋に行ってトレーニングの本をいっぱい買って、その時にゴールデンエイジという言葉も初めて目にしたのでした。
 大介は小学3年生であったために、ゴールデンエイジまっただ中であり、どうすれば良いかわからないままに、お父さんに、家に軟式ボールを30球とソフトボールを数球にティーネットを用意して、家での食事中にバランスボールに座らせて、動体視力を高めるような文字を画用紙に書いてもらい、購入したボールに赤と青のマジックで色を塗りました。

 そこから毎晩のトレーニングが始まりました。

 バットは美津和タイガーから同じ形状のバットで5種類の重さがあるバットがあったのでそれを試合用と練習用で購入し、仕上げは89センチ550グラムのノックバットで腰で振れて、かつ、スイングスピードが速くなるように軽いノックバットで脳に刺激を与えるようにしました。

 ティーでソフトボールを打たせたのは、インパクト時に重いソフトボールを打つことによってしっかり押し込めるようになるのではと思ったからです。

 しかし、頭が下がるのはそれを毎晩文句も言わずに400球以上のティーを繰り返してきた父息子でした。
 大介宅の手前に私の家があったので、大介父が必ず当時1歳か2歳の娘に手土産を持って私を呼びに来て、「食事したら来てください」と。しばらくしてから家に行くと、「いま、250球終わったところです」と。

 2年くらいこんなことが続いて、10畳程度の大介宅の1室はいつのまにか機材が増えてトレーニング場と化していました。
 スピージョンで動体視力を鍛えるためにパソコンを購入し、手首を鍛えるためにダンベル、バランス感覚を鍛えるためのベンチ、インナーマッスル用のチューブ、柔軟性を上げるための機材等が。屋外用のトレーニングではジャンプ力と、瞬発力を上げるためにオーバースピーダーにラダー、ミニハードルと下手なジムみたいになってきました。

 そんなとき、やはり起こるべくして起こりました。

 「もう、したくない!」
 父親に対する反抗でした。

 また大介ネタは時間あるときに続きを書きます。

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